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金曜からカレーを食べてみよう

天パ眼鏡が食ったり読んだり考えたり

三国志で好きな武将を紹介します。(呉編)

昨日に引き続き~

makige39.hatenablog.com

 

今日は呉について話します!星も頂けたので張り切って紹介していきますよ~!!

 

呉という国は三国の中で一番長く続いた国なんですが、どんな武将がいたのかとかはもしかしたら一番三国の中で一番知られていないかもしれないですね。

泣いて馬謖を斬る」や「死せる孔明生ける仲達を走らす」、「水魚の交わり」「三顧の礼」のような三国志原典の諺も多くありますがほとんどが蜀に関することで、呉に関するのは中々見当たりません。

 

しかし、探しているうち呉に関するだれもが聞いたことのある故事成語を見つけました!

「苦肉の策」

自分を犠牲にしてでも、敵をあざむくために行うはかりごと。を指す諺ですが、これは赤壁の戦いのときに火計を成功させるために大軍師の周瑜が呉の古参の将である黄蓋を魏に投降したと見せかけるために鞭で何度も体を叩き、あたかも真実であると見せかけたことに由来します。(その後ご存知のように火計は成就します)

 

なにか他に良い諺はないか調べていくうち見つけたのが、一人目の武将です。

それが「呂蒙」です。

彼を表す有名な諺として、「呉下の阿蒙」と「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」があります。

 

呂蒙は幼少期から青年期にかけあまり勉学に触れる時間がなく、戦に明け暮れ、その武名を馳せていました。

 

しかしあるとき主君である孫権から勉学の大切さを諭されると、メキメキと上達し、なんと軍師としての才も開花させました。

軍師の魯粛(呉を代表する軍師。ちょっぴり割を食う人)から質問されたときに、難題にもスラスラと答え、むしろ彼に対し策を授ける武勇に智力が備わった呂蒙の姿をみた魯粛は「呉下の阿蒙に非ず」(呉にいた頃の蒙ちゃんじゃない)と評したそうです。

これだけでも優秀さを表すエピソードですが、そう評された呂蒙が、魯粛に対し

士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」(男子三日会わざれば刮目して見よ。と同意)と言ったそうです。

 

うーん、格好いい!

しかも武力知力共に兼ね備えた呂蒙は、その後三国志世界でもはや神様である関羽雲長を討ち取る大戦果を挙げます!

 

なお、三国志演義では関羽に呪われて叫びながら血を吐いて死ぬという蜀びいきの犠牲者の一人です・・・。

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2人目は周泰です。

イメージとしては、孫権の親衛隊隊長のような働きをした武将です。

孫権が反乱軍に攻撃された際、周泰は体に十数か所の傷を負いながら、主君である孫権を守り切りました。

他にも先鋒として重要な戦に出陣し功績を上げていったので、孫権からは重用されました。

その関係性を表す有名なエピソードに、こんな話があります。

周泰に従わない味方武将(徐盛や朱然)がいたとき、孫権は宴を開き、その場で周泰に服を脱がせ、主君のために受けた傷を一つ一つ語らせ、最後に深く深く感謝したそうです。

周泰への深い感謝を主君自らが示したことで、従わなかった武将たちも納得したそうです。

このエピソードは今までは感動エピソードだと思っていたのですが、何かこう呉の独特の主君と家臣の距離感や空気感を表すエピソードにも感じるようになりました。

まさに孫家の呉といった感覚です。

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(コンボ職人)

 

三人目は諸葛瑾です。

諸葛の姓が表す通り、蜀の大軍師の諸葛孔明のお兄さんです。

イメージは、夷陵の戦いの前までは政治顧問兼外交官。それ以降は一介の武将としての働きが多くなります。

 

諸葛周泰と同様孫権から深く信頼され、蜀との折衝に大きく関わりました。

こちらも関係性を示す良いエピソードがあります。

諸葛亮劉備の使者として呉に来た際、孫権が兄弟のなじみで諸葛亮を呉陣営に引き入れられないか尋ねた際、諸葛瑾は「私が国を裏切らないのと同様、弟もまた劉備を裏切らないでしょう」と兄弟としての特徴と、自身の忠誠心を同時に披露し孫権を感銘させます。

また関羽の死後、蜀との関係が悪化した際に蜀との内通が疑われたときには孫権が先の諸葛瑾の発言を引用し、家臣たちを言い含めたそうです。

 

その立派さは大したもので、畜生的なエピソードが見当たりません。

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余談ですが更に諸葛一族まで視野を広げると、蜀の諸葛亮は言わずもがな。兄の諸葛瑾もこの働きっぷり。

さらにその二人のはとこに諸葛誕という人物がいますが、彼は司空という三公(国の最高位)の一つに任じられています。

まさに「蜀漢は其の竜を得、呉は其の虎を得、魏は其の狗を得たり」ですね。

ということで、諸葛一族の虎担当でした。

 

明日は三国に属さなかった武将の紹介を行います!

まさに